理系凡人のつぶやき

科学に関することだけでなく興味があることについていろいろと書いていくつもりです。

「嘘と絶望の生命科学」を読んでみた 後編

前編中編の続きです。

  • 研究不正ー底なしの泥沼

実は小保方氏のSTAP細胞論文が騒動になりはじめたとき、バイオの科学者たちは、それほど驚かなかった。(中略)実はバイオ研究の論文は結構適当で、ときにウソが混じっていることは、バイオ研究者のあいだでは広く知られたことだったのだ。

 この辺りのことは実際の研究に携わったことがあるならバイオに限らず経験したことがある人は多いのではないでしょうか。化学系の私自身も論文に書かれた通りの条件で追試をやっても再現が得られないことがよくありました。それが実験の腕前によるものなのか、いわゆるチャンピオンデータのせいなのか、はたまた論文の結果そのものがSTAPのようにでっち上げのせいなのかはなかなか判断が付かないものです。最先端の研究には特につきものの「実験結果の不確かさ」が研究不正が発覚する妨げになっているとも言えます。なお、かの有名なクローン羊ドリーの論文は発表後になかなか追試が成功せず、懐疑的に見られたこともあったようですが若山氏がクローンマウスを作成するなどして歴史的事実として確定したそうです。

日本分子生物学会が大学院生も含めた学会員1022人にアンケート調査したところ、「研究不正を目撃などしたことがありますか?」との質問に対し、10.1%が「所属する研究室内で実際に目撃、経験したことがある」と答え、6.1%が「所属する研究室内で噂があった」と答えている。「近傍の研究室内からそのような噂を聞いた」が32.3%にも達し、研究不正が広まっている現状がうかがえる。

 このアンケート結果から推測するといま問題となっている研究不正は氷山の一角ではないかという気がします。実際、東邦大学の准教授が172本もの論文で捏造を行ったことが発覚しています。

 

  • 論文、論文、論文!

研究者は基本的に論文で評価されます。中編でも書いたように近年競争的資金の割合が高くなってきており、その獲得にはScience, Natureといった著名な雑誌に論文が掲載されることが重要になっています。

藤田保健衛生大学の宮川剛教授はこう述べる。

Science, Natureが業績リストに入っていた場合、普通の研究費の申請はほぼ確実に通りますよ。Science, Natureがあったらもう他の書類は部分などはほとんど見ないでしょう、評価者は。ほとんど何も見ない。(下線はmichikusakagaku)

 Nature,Scienceに論文が掲載された経験があることは確かに業績として立派かもしれませんが、審査する側の姿勢としてこの発言はどうなんでしょうかね。このような偏った成果主義が不正を誘発する原因の一つになっているのではないでしょうか。それではNatureやScineceに論文が載りさえすればその研究者を評価してもいいのかというとそんなことはもちろんなく、著名な雑誌ほど撤回される論文が多く、雑誌社は論文の質を保証していないという実態が浮かび上がってきます。

山崎茂明氏によると、撤回論文の掲載誌で一番多いのはサイエンス、次がProceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS)、3位がネイチャーと、著名誌が並んでいる。

 シェーン事件を扱った村松秀氏の「論文捏造」(中公新書ラクレ)では捏造論文を掲載したNature誌編集部にインタビューを行っています。

実際に捏造された論文を掲載してしまい、そのことによって多くの研究者たちの時間とお金を無駄にさせてしまったことは申し訳なく思っています。しかし、私たちは警察ではありません。論文のひとつひとつを、不正ではないかと疑いの目で見てすべて調べることなど、実際にはできません。私たちの責任の範囲ではないと思います。」 (下線はmichikusakagaku)

このような実態から考えると 「Science, Natureがあったらもう他の書類は部分などはほとんど見ない」というのはかなり危うい評価法だと言えます。

 

  •  バイオを取り戻せ

最終章だけあって筆者の心の叫びが聞こえてきそうな文章が並んでいます。

大学教員には、社会に人材を輩出するという意識が決定的に欠如している。(中略)若者の人生の貴重な数年間を預かっているのだ。そういう若者を使い潰し、心を病ませ、そしてときに死に至らしめる、こんなことが許されるのか。

 教授になって日本の研究をよくしようと行動している人はどれだけいるのか。教授になっても、若いころの問題意識を持っている人は多くない。

もう茶番はやめよう。バイオに期待しすぎるのはやめよう。等身大のバイオを見つめよう。STAP細胞の問題を、バイオ研究の膿を出しきり、健全な研究体制を作るためのきっかけとしよう。

アカハラパワハラ、競争、カネ、捏造などによって「汚れてしまった」バイオを見つめ直し、健全な研究体制を築いていこうという筆者の意気込みが感じられます。

 

バイオに限らず厳しい状況の科学会ですが、STAP事件をきっかけにして少しでも良い方向に行って欲しいと願っています。バイオの話を中心に書かれた本ですが、バイオ以外の分野の方が読んでもためになる本だと思います。特にこれから研究室に配属され、研究の世界に足を踏み入れようとしている学生さんには特におすすめしたいです。